私はシリアからの難民将来の可能性を広げた、ドイツでの出会いとユニクロへの就職
ユニクロドイツ タウエンツィーン店
※所属・役職は取材時のもの
私がドイツに来たのは2015年です。戦闘が激化する故郷のシリア・ダマスカスを兄と二人で脱出。時には列車やバスで移動しましたが、約3,400㎞の行程のほとんどが徒歩でした。 多くの街では留まることを許されず、私たちは移動を続けました。安心して滞在できたのはオーストリアとドイツだけでした。 国によって難民への意識や接し方は大きく違います。私たちはシリアで1枚の紙を見ました。そこに書かれていたドイツへのルートや費用、難民の受け入れ先情報を頼りに、亡命を決意したのです。
私の人生を大きく変えたのは、あるドイツ人夫妻との出会いです。難民の苦しい状況を理解する、思いやりの深い方でした。善意から私たち兄弟に自宅の離れ家を貸してくれて、時間を見つけてはドイツ語を教えてくれました。 ユニクロで働くきっかけを与えてくれたのも、この夫妻です。「ドイツはとても寒いから」とユニクロのヒートテックをプレゼントしてくれました。私がシリアでマタニティウエアの店で働いていたことを話すと、「娘がベルリンのユニクロで働いている。難民採用をしているそうだから問い合わせては」と教えてくれたのです。 ヒートテックは薄いのにとても暖かく、日本のテクノロジーに驚き、自分でもウルトラライトダウンを購入しました。デザインが良くて、とても機能的。実際に着てみて、ユニクロへの興味と親しみを感じて応募。すぐに採用が決まりました。
ユニクロで働き始めて、4年が経ちました。私は本当に仲間に恵まれています。多くの同僚が一緒に働きながら忍耐強く、繰り返し私にドイツ語を教えてくれて、とても感謝しています。終業後にドイツ語学校にも通い、上級者レベルのB2を取得しました。 現在、ウィメンズフロアのスーパーバイザー(責任者)を任されています。出身やバックグラウンドに関係なく、多様性豊かな人たちが活躍できる場所がここにはあります。お客様もまた多様です。アラブ諸国からのお客様も増え、アラビア語でご案内や商品の特徴や着こなしをお伝えして喜ばれています。店舗に貢献し、収入を得て税金を払い、自治体への責任を果たせるようになって、とても嬉しいです。
先日、ユニクロで一緒に働くドイツ人女性と結婚しました。ユニクロの社員になったことで、公私ともに、私は希望に胸をふくらませて新しい未来に向かって進んでいます。 シリアの大学では会計士の勉強をしていましたが、今は商売、特にリテールに強く惹かれています。 シリアには「ダマスカス人には商売人の血が流れている」という格言があります。ダマスカスは紀元前からの一大商業都市で、内戦前は商売が盛んでした。私もダマスカス生まれで、子供の頃から活気のある商店や商店主の心意気を見てきました。父親も自営業でしたから、私にも商売人の血が流れています。ユニクロでもっと商売を極めたいと考えるのは自然なことかもしれません。 フランス語を12年間、英語を4年間学んだこともあり、将来は、フランスにあるユニクロのマルセイユ店で働きたい。ユニクロはグローバルで店舗を展開していますから、自らの活躍と貢献次第で働く場所と業務の可能性を広げられます。そして、実力のある人を抜擢するカルチャーがあり、平等にチャンスがある。これが私のモチベーションの源泉です。 私たち難民は、それまで築き上げてきたすべてのものを失って、ゼロからスタートするしかありません。私の両親はシリアから出ることができず、今は家族離ればなれです。いつかは両親が自由にドイツに来られるようになることを願っています。 最後に一緒に働く仲間たち、私を受け入れてくれた皆さんにお伝えしたいことがあります。 「すごく親切にしてくれてありがとうございます。皆さんにとってこれからも幸せな人生でありますように。心から祈っています」
多様性豊かな人が集まって、アパレル産業の未来が拓かれる
ダイバーシティ&インクルージョンをグローバルで進めるために多様性豊かなダイナミックな企業で働く