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社員紹介

入社1年半、フランス行き。

今井

ユニクロ
  • フランス
  • 今井
  • ユニクロ
  • パリ オペラ店 店長
    (現:フランス勤務 店長)

大学時代に1年間フランス留学。卒業後、2011年ユニクロ入社。半年で店長昇格後、JR新大阪店店長などを経験。東京での研修後、2012年9月フランス赴任。

女子大を休学し、留学した南フランス・モンペリエでの日々が終わろうとしていた。フランス語は上達し、一生の友だちもできた。離れがたかった。「いつかまた来ればいい。でも、学生でもう一回来るようじゃダメ。次は絶対仕事で来る」 そう誓って帰国した。さっそく就職活動。会社選びの基準は、フランスや海外勤務のチャンスがあるか。がんばればちゃんと認められる、ウソがない会社。「泥くさい感じの会社ばかり見ていました」 その1社がユニクロだった。

初めての配属は岐阜のイオン各務原店。新人はまず、半年後の店長資格試験が目標になる。合格率は同期で2 〜3 割。「とにかく合格したくて、自分で決めて朝5時に起きて勉強していました。店舗でも店長がつきっきりで教えてくれて、とても熱意を感じました」 そして見事合格。「ものすごくうれしかったし、恩義を感じました」 今井は入社半年でJR 新大阪店の店長に昇格した。

「あしたからでもフランスに行ってください」の日。

入社1年後、奈良に異動。同じころ、海外勤務の社内公募にもチャレンジした。実は、英語の点数が応募資格に足りなかったが、「出しちゃえ」 と応募してみた。結果、落選。「でも公募担当だった人事の高峯さんに励まされました。“そういう積極性はとても良いこと。ぜひ続けてください。勇気のあるところをみんなは見ていますよ”と。元気が出ました」

それからまもなく、全世界の店長や経営陣が集まる3000人を超える大会議、FRコンベンションが横浜で開催された。壇上には各国のCEO。会場の店長たちに質問が発せられた。あなたは10年後どうなりたいか? 100人くらいが手をあげた。今井もあげ、なぜか感じた。「あ、私に当たる」 本当にそうなった。立ち上がり、マイクを握って「フランスのCEOになりたいです」 と発表。「フランス全土に今までにないサービスを提供したい」 と続けると、司会をしていたハーバード大学経営大学院・竹内弘高教授がアドリブで問いかけた。Parlezvousfrançais?( フランス語をしゃべれますか?)。「Oui(はい)」 と答え、そこからはフランスのブランド、コントワー・デ・コトニエのCEOエリザベスとのディスカッションを必死でやりとげた。2 人のフランス語は同時通訳で日本語、英語、中国語、韓国語になり、イヤホンを通して会場3000人の耳に、今井の意志が響いた。

直後の休憩時間。今井に1通のメールが着信する。人事の高峯からだった。“今の話を聞いて、この前の落選は撤回します”すぐさま今井は電話した。「今どこですか! 会いたいんですけど」 と伝え、会ったとたん、「役員のところに連れていってください」 とお願いした。そろって役員たちのもとへ。「本当に行きたいんです」 と強い思いで話した。そこに社長はいなかったが、最終プログラムの社長メッセージの中で、柳井は全員に向けてこう言った。「先ほど発表した奈良の店長は、あしたからでもフランスに行っていただきたい」

実力以上の仕事で、人は成長していく。

運命的な1日だった。「海外に行けるのは最短でも3年後、自分の実力をつけてからだと思っていました。たった1日で、ぽーんと時間を超えてしまったんです」 その日が今井に来たのは、手をあげた100人の中で運良く当たったからだろうか。たまたまフランス語ができたからだろうか。それは偶然ではなく、今井のこれまでの努力と行動力でつかみとった必然だ。だから、手をあげて当たらなかった99人にも次のチャンスは必ずある。手をあげなかった人も、こんどはあげてほしい。そこらじゅうにチャンスが転がっている会社だから。

今井は東京で新店オープン研修を経験し、フランス行きの飛行機に乗った。「次は仕事で来る」 その誓いをかなえた。さっそくパリ郊外のルヴァロア ソーウエスト店の新店オープンに取り組んだが、問題は山積みだ。「地域に根ざしていく店舗として最高のモデルケースを目指しています。売上げ、お客様サービス、新人教育、すべてにおいて基準の高い店舗をつくらなければなりません。自分の実力以上のこと、初めてのことを毎日やらせてもらえるのですが、できないことのほうが多いです。悔しくて悔しくて、泣きます。毎日泣きます。でも、必ず結果を残します。見ていてください」 もちろん、見ている。みんなで見ている。

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