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Gグローバルリーダー社員
社員紹介

この就職をまわりは大反対した。

塚越

ユニクロ
  • 米国
  • 塚越
  • ユニクロ
  • 店舗運営部 部長
    (現:ファーストリテイリンググループ 執行役員 / FR Management and Innovation Center 担当)

2002年ユニクロ入社。店長、スーパーバイザー、ブロックリーダー経験後、営業責任者として渡米。2011年ニューヨーク34丁目店、2012年サンフランシスコ店のオープンを手がける。

ユニクロに就職するとは思っていなかった。大学の専攻は環境情報学。すでに環境コンサルティング会社からの内定もあった。「たまたま友だちがユニクロの会社説明会に行くというので、つき合わされて参加したんです」 そこで初めてユニクロの経営理念や企業の価値観を知る。「すごく斬新でした。でも、いわゆる説明会というのはパフォーマンスなので、実質を見ておかなければ」 と、即行動。家から近いユニクロに電話し、週3日のアルバイトを始めたのだ。自発的インターンシップだった。「店長にいろいろ聞き、内面を探り出してやれ、と。小売の店長のイメージが覆されました。やらされるのではなく、店長のやりたいことがきちっとお店で実現されていて、すべてが新しく感じられたんです」

ずっと研究してきた環境分野を職とするのか、革新的な会社で将来に向けて人生をかけるのか。「友だちも、教授も、家族も、まわりは大反対でした。服に興味なんてなかったのに、“なんで?”と。けれど、自分で出した結論はユニクロ1本でした」

お客様が一人だけ。
これは危険かもしれない。

入社半年後のこと。ユニクロの業績は急降下していた。「行列があたり前の新店オープンなのに、シャッターを開けたらお客様がわずか5人。2日目は一人だけ……さすがに危険かもしれないと思いました」 新人塚越は、どう行動したのか。「とにかくお客様をきちっとした売場で毎日迎えられるように、当時の店長にすべてを教わりながら実行していきました」 地道な改善を続け、売上げはだんだんと回復していった。

店長に昇格し、自分が初めて新店オープンを任されたときは、「もう、大失敗」 スタッフはほぼ全員新人。あっという間に売場はぐちゃぐちゃに乱れた。「すべてを計画し、一つ一つのプロセスを組み立て、オペレーションを徹底できる教育の重要さが痛いほどわかりました。その失敗を生かせたからこそ、次の店は全国でも売上高上位ランクでしたが、すごくうまくいきました」

着実に実力をつけ、スーパーバイザー、ブロックリーダーになり、現場のマネジメントを豊富に経験した塚越。次の仕事場は、ニューヨーク・マンハッタンだった。

海外に出ることで、人間的にも成長。

2011年10月、2 週連続でまずニューヨーク5 番街店が、続いて塚越の34丁目店がオープン。「開ける瞬間までは不安でしかたないんですよ。売場は大丈夫か。在庫は十分か。スタッフはトレーニングしたとおりにちゃんと動けるか」 過去の失敗が時間を超え、国境を越え、いまだに教訓になっている。「道に出て、お客様がダーッと並んでいると、やっぱりうれしいものです」 34丁目店に並んだのは「5 番街店オープンの翌週だったので少なかったです。でも、1000人くらいのお客様に並んでいただけました」

その後、サンフランシスコ店オープンに向けて動き出す。西海岸はユニクロ初めての進出。塚越中心にゼロから立ち上げていった。「建設会社や商品の物流会社との交渉、スタッフ募集と育成、オープンに向けたマーケティング会社とのプロジェクトも、すべてやりました。この経験をすると、ひと回りもふた回りも成長できるし、視野がずいぶん広がりました」 もともと塚越は典型的な日本男児だったという。「殻にこもりすぎていました。海外に出たことで仕事だけでなく、人間としても成長できるし、自分の価値観もがらっと変わりました。逆に日本の良さもはっきり実感できます。英語もTOEIC400点が1年で700点超えて、いま受ければ850点はいきそうです」

米国のユニクロはまだ5 店舗しかない。競争も激しいカジュアルウェアの本場。「早く軌道に乗せたいです。全米にポジションを取っていきたい」 そのために必要な、主体となって市場を開拓していく仲間を求めている。

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