CONCEPT MESSAGE

WORK
この就職を、周囲は大反対した。

実態を自分の目で確認したいと考えた。

ユニクロに就職するとは、夢にも思っていませんでした。大学の専攻は環境情報学。すでに環境コンサルティング会社からの内定ももらっていましたから。たまたま友人がユニクロの会社説明会に行くというので、つき合い程度に参加したのがことの始まりでした。そこで私は初めて、ユニクロの経営理念や企業の価値観を知ることになりました。正直、私が就職活動をしていた当時の時点で、ユニクロが本気で世界を変えようとしていることに少なからぬ衝撃を受けました。

とはいえ、説明会というのは多分にパフォーマンス的な側面もあるので、私は実態を自分の目で確認したいと考えました。そこで家から近いユニクロに電話し、週3日のアルバイトを始めました。言わば、自発的なインターンシップです。「店長にいろいろと話を聞き、内面を探り出してやれ」と、生意気ながらもそう考えていました。

結果は、これまで小売の店長に抱いていたイメージを根底から覆されました。やらされるのではなく、店長のやりたいことがきちっとお店で実現されていたからです。すべてが新鮮に感じられ、強烈に惹きつけられました。

ずっと研究してきた環境分野を職とするのか、それとも革新的な会社で将来に向けて人生をかけるのか——。友人も、教授も、家族も、周囲はユニクロへの就職に大反対。「これまで服に特別の興味なんて示してこなかったのに、何でまたよりによってアパレル企業なのか?」と。けれども、自分で出した結論はユニクロ1本でした。

新人だった頃の自分を教え諭すように。

入社半年後のこと。ユニクロの業績は急降下していました。行列が当たり前だった新店オープンに、その店のスタッフとして立ち会ったのですが、シャッターを開けたらお客様はわずか5人。2日目はたった一人だけ……。新人ながらにも、さすがにこれは危険な状態だと悟りました。危機感を抱いた私は、とにかくお客様をきちっとした売場で毎日迎えられるよう、当時の店長に細部にわたって教えてもらいながら教えを請いながら、それを一つひとつ実行していきました。そして店長と二人三脚で地道な改善を続けたことにより、売上げも少しずつ伸びていきました。

その後、私も店長へと昇格し、初めて新店オープンを任されたとき、またしても苦汁を飲むことになりました。スタッフは、ほとんどが新人。あっという間に売場はぐちゃぐちゃに乱れ、日を追うごとにお客様の足も遠のいていきました。しかし、このとき私は新人時代の経験、大切な初心を思い出すことができました。

当時の店長との取り組みを懐かしく振り返りながら、私はすべてを一から計画。一つ一つのプロセスを組み立て直し、オペレーションを徹底できるよう、新人だった頃の自分を教え諭すように、スタッフたちの教育に力を注ぎました。今思えば、失敗が多くのことを教えてくれました。

次の店は、全国でも売上高上位にランクされる店舗でしたが、その業績を維持、向上し続けることができたのは、それまでの失敗から多くを学び、その学びを活かせたからだと思います。年次が若いときの失敗は、それを活かすことで成長へのドライブになることを、私は身をもって知りました。

こうして私も、紆余曲折を経ながらも着実に力を身につけ、スーパーバイザー、ブロックリーダーとなり、現場のマネジメント経験を積み上げていきました。そして次の仕事場は、ニューヨーク・マンハッタンでした。

世界基準で物事をとらえるようになった。

2011年10月、マンハッタンでは2 週連続で新店がオープンしました。まずはニューヨーク5 番街店、続いて私が受け持つ34丁目店のオープンという順番でした。開店する直前まで、正直、不安で仕方ありませんでした。売場は大丈夫か、在庫は十分か、スタッフはトレーニングしたとおりにちゃんと動けるか……。過去の失敗が時間を超え、国境を越え、私に押し寄せてきました。しかし一方で、同じ轍を踏まないための準備を周到にしてきた自負もありました。

道に出て、お客様が列をなしている光景を目の当たりにしたときは、うれしかったです。5番街店オープンの翌週だったこともあり、行列の長さでは見劣りした部分もありましたが、それでも1000人くらいのお客様に並んでいただけました。この事実は、その後のユニクロの米国展開を後押しするには十分でした。

その後、私はサンフランシスコ店オープンに向けて動き出しました。西海岸は、ユニクロとって未開の地。この点で、まさにゼロベースからの取り組みでした。建設会社や商品の物流会社との交渉、スタッフ募集と育成、オープンに向けたマーケティング会社とのプロジェクト……。すべてを私が担当しました。一連の経験は少なからず私の自信となり、自分でいうのもなんですが、人間としてひと回りもふた回りも成長することができました。そして何より、自分の視野が一気に広がったように感じました。

それまでの自分は、殻にこもりすぎていました。海外に出たことで仕事だけでなく、人間としても成長できるし、自分の価値観もガラリと変わり、日本基準ではなく世界基準で物事をとらえるようになりました。同時に、日本の良さをはっきりと実感できるようにもなりました。苦手だった英語も、TOEIC400点が1年で700点を超え、いま受ければ850点はいきそうです(笑)。

米国は競争も激しいカジュアルウェアの本場だけに、早く軌道に乗せたいと思っています。そして全米に留まらず、世界各国にポジションを取ることで、世界中にLifeWearを伝えていきたい。 そのために必要な、主体となって市場を開拓していける仲間が増えることを、私は楽しみにしています。