FAST RETAILING

ロジックだけでは机上の空論。
その数字に意思を込めてはじめて、
血の通った「計画」となる。

Yoshitaka Uchino

SPECIAL 03

社員たちの「使命」と「実行」

ミッション・業務内容

「商品計画」の仕事には、商売を回していくという楽しさがあり、販売計画なり生産計画を立案していくことは、会社経営の戦略を考えることと同じであると内野は話す。現在はグローバル商品本部副本部長と経営チームメンバーを務め、出身分野とは異なる「商品企画」にも深く関与するが、それは「商品計画」との連携強化を通じたシナジー効果によって、ジーユーを急成長させたいと本気で考えているからにほかならない。

マイナスからのスタート。

「商品計画」についてまったく理解が及んでいなかった

私はユニクロの新卒入社なのですが、その動機は「グローバルで活躍したい」ということでした。ですから、店長になってまだ月日が浅い時分から、グローバルな業務に関する社内公募を見つけてはエントリーしていたのです。会社もその熱意に押されたのか、あるとき「グローバル商品計画部はどうか?」と声をかけてくれ、晴れて配属となりました。しかし、当時の私は「グローバル」という言葉にばかり目が奪われ、それに続く「商品計画」についてまったく理解が及んでいませんでした。

ここは矛盾が集まるような部署で、商品の「企画」サイドからすれば、市場の動向をギリギリまで見極めたいので、発注のタイミングはできるだけ引き延ばしたい。工場をはじめとする「生産」サイドは、工程にゆとりをもたせたいので納期を後ろに倒したい。そして私たち「計画」サイドはと言えば、スケジュールは可能な限り前倒しで進めたい——。

こうした板挟みの状態が日常の業務において、当の私はと言えば、飛び交う用語がわからない。何をどこから手をつけてよいのか、さっぱりわからない。本来なら「商売」と「顧客満足」の観点から、自分でどんどんジャッジしていかなければならないのに、その判断ができないものだから、言われたことをそのままやってしまう。結果、カオス状態を招いて、あえなく「戦力外通告」。現在のキャリアは、まさにマイナスからのスタートでした。

「商売」を回しているという実感。

商品計画は、販売計画と生産計画によって成り立つ

自分の不甲斐なさに落ち込んだ私でしたが、会社はジーユーの「商品計画部」で一から学べるチャンスをくれました。一番ためになったのは上司との交換日記。

私は毎日3時間くらいかけて、各店舗から上がってくる単品の実績をひたすら目で追っていました。すると変化に気づき始める。アイデアが出る。提案してみる。「やってみなさい」と言われる。実行する。売れる、売れない。その気づきを書く。寸評をもらう。交換日記の、これが中身でした。

商品計画というのは、販売計画と生産計画によって成り立ちます。ポイントとなるのは販売計画で、「何をどれだけ作って、どれくらいの期間で、どれだけ売るか」を考える。そして、この山並みの曲線を1か月前倒しにしたのが生産計画。ただし、こちらは工場のキャパシティーなど外的な制約条件が入るので、そこはパズルのように組み換えることで販売計画に合わせていく。こうした基本が徐々にわかるようになると、「商売」を回しているという実感が湧いて、仕事もどんどん楽しくなっていきました。

スキニーパンツがヒットしたときは、実売が販売計画を上回り「欠品」という差し迫った危機が押し寄せたこともありました。このときは24時間の弾丸ツアーを組んで工場のあったカンボジアへ飛び、生産計画を修正するために工場長以下、関係者が集まるワンテーブルミーティングで納期短縮を直談判しました。その結果、2か月の前倒しが決まったときは、「熱意は人に伝わり伝播する、ビジネスは人と人だな」と実感することもできました。

成長できるかどうかは、環境ではなく自分次第

商品計画という仕事は、ほぼ計画通りには進まない仕事です。私も数々の失敗をしてきました。例えば、インドネシア事業を急遽、前任者から引き継いだときは、税の関係で粗利率の計算が日本とは違うのに、それを日本の出し方で計上し、実際の粗利率が大きく下がってしまって柚木社長から大目玉。

ガウチョパンツの大ヒットも会社にとっては成功でしたが、私にとっては大失敗。どんなヒット商品も成長曲線はいずれ下降するのに、その停滞期を見誤ってしまい、大量の不良在庫を抱えるはめになりました。これは当時、商品部長だった私の責任であり、営業の人たちに申し訳ないと思い、最適な着地をさせるべく現場、現物、現実で対策を考え、実行し、修正し、また実行することを毎週毎週繰り返しました。営業部長含め営業部リーダーなどたくさんの方が同行し、助けてくれました。

このふたつの失敗は、私を経営者として成長させてくれました。インドネシア事業での失敗を機に、私は粗利率のことを深く考えるようになりました。ガウチョパンツを最後の1本まで売り切ることを目指したときは、その計画管理を実践しながら、PL(損益計算書)、CF(キャッシュフロー計算書)、BS(貸借対照表)といった財務諸表とにらめっこ。事業の業績、実態、課題などを数字から読み解く力が一気に養われていきました。

私が今、経営チームの一員であるのも、この会社は失敗したことを問題視するのではなく、そこから何を学び、どう成長していくかを見ているということ。後進の人たちにお伝えしたいのは、成長できるもできないも、それは環境ではなく自分自身のなかにあるということです。自己実現したいことを明確にし、実現に向けて努力し続けてください。

ジーユーは今がチャンス。

計画の仕事は、経営の舵を取る面白さでもある

ジーユーは、企画・計画・生産・物流・販売というプロセスをすべて一貫して行っていますが、なかでも「計画」はロジックが大事。ただし、ロジックだけでは机上の空論に過ぎません。最終的に必要なことは、その数字に意思を込めるということ。そこではじめて血の通った「計画」となります。

「トレンドはボラティリティ(予想変動率)が高いので、この商品だけは売上を伸ばさなければいけない」「サステナブルな商品の比率を高め、環境負荷を減らしていきたい」——。このように実現したい商売に対して意思を持ち、それをどう実現するかというフィージビリティー(実現可能性)とリスクの法則を考えるのが「計画」の仕事です。そしてその計画というのは、まずもってその通りには進まない。それをいかにして修正し、最適解へと持って行くか。ここに計画という仕事の妙味があり、それはそのまま会社経営の戦略を考える、経営の舵を取る面白さでもあります。

マーケットインの発想だけど、プロダクトアウトもできる企業

ファッションというのはトレンドであり、顕在ニーズです。そうしたニーズに応えようとする企業努力、マーケットインの取り組みが、流行を生み出していきます。しかも現代は多様性の時代でもあることから、トレンドを踏まえた多様な商品が求められています。

一方で時代は今、大きく変わろうとしています。サステナビリティへの意識が日増しに高まり、モノの価値観や捉え方が変わり始めています。しかもコロナ禍で、そうした変化に拍車がかかっています。このような市場の変化、行動様式の変化は、服の価値観にも変化を与えるはずであり、こうした潜在ニーズに対するプロダクトアウトも求められています。

何とも矛盾に満ちた話ですが、これを高い次元で実現しようとしてきたのがほかならぬジーユーです。移ろうトレンドと変化する社会の本質を見極めた「商品企画」、あえて品番数を絞り込んだ時宜に適った「商品計画」を追求することで、「ほしいものがいつもある」「すべてがほしいもの」という状態を目指してきました。今、ジーユーの取り組みと時代がシンクロし始めているのです。

私たちのこうした取り組みを、今後はグローバルに展開すべく、アジア最大の市場である中国にも商品本部を立ち上げました。それというのも、中国ではお客様の求めるトレンドファッションがまったく異なるからです。国や地域によって、より大きなニーズの違いが生じるファッションの領域では、「ローカライズ」が要であり、これはジーユーならではの難しさだと考えています。

中国市場におけるクイックレスポンスの体制が整った今、現地ニーズを汲み取っては商品を投入し、その反応を探っています。まさにトライ&エラーを重ねている最中ですが、中国市場で得られる知見、ノウハウはきっと、ジーユーをグローバルブランドへと成長させる大きな糧となるはずです。そして、一連の取り組みを加速させ、ジーユーが世界中で急成長することで、世の中を明るくし、あらゆる人の暮らしを充実させていく。これが私の使命だと考えています。

GU

内野 佳高

Yoshitaka Uchino

ジーユー グローバル商品本部 副本部長

2005年に新卒で入社。ユニクロで店長を務め、2008年にグローバル商品計画部へ。翌2009年、ジーユーへ異動となり商品計画部に配属。同リーダーとしてインドネシア事業などを担当し、2016年に同部長に就任。2018年、グローバル商品本部副本部長、経営チームメンバーとなり、現在に至る。

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